日本語の起源は朝鮮半島??
なんか胡散臭い論文ですね。
縄文時代にはすでに高度の文明が発達していたのに、たった2200年前が日本語の起源とは?
イチオシ!!


日本語の起源は朝鮮半島?? is Posted by yume2323 at 00:17│
コメント(5)
東大は中国の大学か?情けない。アルタイ諸語の起源はテュルク諸語、テュルク諸語は遡ればイスラエル、シュメールなんかとの関連性もある。
半島は経由地に過ぎない。
日韓語は同系語である (1)
山 上 憶 良 と 藤 原 氏
多くの日本人は、倭国のエリートが渡来人に漢字を学び、悠久の昔から堆積されて来た和語を漢字で表記したものが『記紀』『万葉』であると思うようである。この考え方は、朝鮮半島からの渡来人が増える前から、結構な数の倭人が存在しており、わからないことがあれば渡来人に教えてもらって、日本文化を形成したという考えにつながる。
白銀母 黄金母玉母 奈爾世爾 麻佐礼留多可良 古爾斯迦米夜母
白銀も 黄金も玉も 何せむに まされるたから 子にしかめやも
この山上憶良の歌を見て、多くの人は「これらの言葉が古代朝鮮語であるはずがない、どれ一つとして現在の朝鮮語と同じ言葉がないではないか。朝鮮半島には、七〜八世紀以前に書かれた文献がないので、『記紀』『万葉』の言葉が朝鮮から伝播したとは思えない。」と言う。しかし、日本にも七〜八世紀以前のまとまった文献はない。
日韓語は同系語である (1)
山 上 憶 良 と 藤 原 氏
全栄来 (全北日報論説委員 全北道立博物館館長 韓西古代学研究所所長 文学博士) は著書『百済滅亡と古代日本』で、「新羅による半島統一・百済の滅亡」後、「民族の移動と文化交流が引き起こされ、多くの百済人が倭国に亡命・移住し、日本列島に、新しい文化の移植・開花をもたらした」と述べている。
「当時の宮廷で働く人々の出自を調べると百済人だらけである」と述べている佐々克明の言葉は、「奈良時代の文化を形成し『日本』とい国号を作ったのは百済人である」という文定昌の説と符合する。『続日本記』によれば、宮廷の人々が生活していた本拠地「飛鳥」の住民の八十〜九十%が渡来人であったというから、宮廷でどのような言葉が使われていたかが推測できる。
「山上憶良が朝鮮人であることがなぜわかるのか」という疑問について、中西進 (古典文学研究者、奈良県立万葉文化館館長、国際日本文化研究センター名誉教授) の著作『山上憶良』によると、憶良の出自について、憶良を取り巻く人間関係・歴史的環境事情から生涯を絞り込むことができる方向で論考されている。山上憶仁 (百済の宮廷侍医 憶良の父) が「白村江の戦」に敗北したとき、憶良を連れて倭国へ亡命したという古代史研究家の著書によく出会う。憶仁は、近江に居住し天智天皇期の宮廷侍医になっている。天智は亡命者の多くを近江に住ませ、六六七年、都を近江に移している。
日韓語は同系語である (3)
山 上 憶 良 と 藤 原 氏
「日本書紀」によれば、「白村江の戦」で、天智天皇が百済救済のために三万に近い兵を送ったということは、大和王朝と百済王朝は血縁関係にあったことを意味していると佐々克明らは述べている。「白村江の戦」の敗北後の亡命者をさして、司馬遼太郎は「百済、国ごとの引っ越し」と語り、「百済王朝が大和へ移った」という研究者もいる。「出雲古代歴史博物館」の名誉館長 上田正昭らの対談集によれば「日本書紀は百済人を主軸にして書かれ、天皇・朝廷のプロモーター藤原氏の都合がいいように整理されている」という。
この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることの無しと思へば
この歌を詠んだ藤原道長(962〜1027)は藤原氏の全盛時代を現出した。当時、大納言以上の地位における藤原氏の占有率は百%であった。
日韓語は同系語である (4)
山 上 憶 良 と 藤 原 氏
このような段階に至る基礎を築いたのは、「大化の改新(645年)」を中心になって推し進めた百済人 藤原鎌足で、天智天皇の筆頭ブレインであった。鎌足は、それまでの実質天皇であった蘇我入鹿(渡来人)を天智と謀略して暗殺し、藤原一族を政界のトップに安座させたのである。中臣鎌足の功労を称賛して、天智は最高の姓「藤原」を賜ったと言われているが、天智の母 斉明天皇は、吉備の豪族(朝鮮人)から朝廷に入った人である。吉備王朝は、大和王朝以前、鬼の城(朝鮮式山城)を根城に日本最高の勢力をもち、吉備には仁徳御陵以前としては日本最大の古墳があるという。天智のひ孫「桓武天皇」の母は百済の武寧王の後裔である。
藤原鎌足の子 藤原不比等は「大宝律令(701年)」の編纂の中心メンバーとなり、わが娘を文武天皇の夫人とし、さらに、文武の子が聖武天皇になるにおよんで宮廷内での勢力を不動のものとした。後妻との間に生まれた娘を聖武天皇の皇后にさせるに至って、藤原氏繁栄の基盤を築いた大人物とされている。